
研修やセミナーで「作業者の見逃し、見落としがなくならず、流出不良が発生して、困っている人はいますか?」と聞くと、大抵の人は手をあげます。そして、手をあげた人に「不良を見て逃すなんて、そんな質の悪い作業者は辞めてもらったらどうですか?」と質問すると、慌てて「いやいや、そんな悪い人はいません」と必ず言われます。
みなさんの会社や組織にも「不良や不具合を見て逃す人」はいないはずです。我々が「行為保証」を指導させて頂いた企業にも、そんな作業者はいませんでした。不良を見れば、誰だってとりあえず止めようとします。しかし、実際には不良は流失して問題は発生しています。なぜなのか?それは、現場では「見えない」「見ていない」「見られない」瞬間が発生して、作業者が反応できていない場合があるからなのです。現場作業で発生しているこの「見えない」「見ていない」「見られない」の3つを制御することができれば、不良やクレームの報告書でよく原因として書かれている狭義の意味でのヒューマンエラー・ポカミス(うっかりミスや、思い込みミスなど)の失敗は必ずなくなります。
ここでの「見る」は、正確には「見る(見えている)」ではなく「観る(観察する)」でもなく「診る(判断する)」です。「五感を使って認知・認識して判断したか」ということです。以下に「見えない」「見ていない」「見られない」それぞれについて説明します。
「見えない」
「見えない」は、非注意における盲目状態を指します。物事が視野(五感)に入っていても、注意が向けられていないために認識できない心理状態のことです。目の前のテーブルの上に、鍵があるにもかかわらず探し回ったり、頭の上に乗せた眼鏡を探したりする経験はないでしょうか?人は物も考え方もそうですが、知っていることや想定できることは、認知することが出来ますが、想定外を認知することは非常に難しいのです。実際に、製造現場であった話で、その工場では車載用の燃料電池ケースを製造していて、少しでも傷が入ると使えなくなるようなシビアな部品を造っていました。しかし、度々製品に傷が入ったものが流出していました。外観検査では作業者が目視で確認していました。管理者にどんな指導をしているか確認してみると「傷がないか、しっかり見てくださいと指示しています」と言われました。傷と言っても、打痕・圧痕・擦り傷など、傷の形状はたくさんあります。傷という表現だけでは、その形状を想像することもできませんし、こんな傷も出るかもしれないと想像しだすとキリがありません。しかし「製造現場で発生している不良はほとんどが再発」です。再発不良として傷の形状を絞れば、大体1つか2つ程度です。その現場では、白い線のような傷が付くので「白い線を探しなさい」と指示内容を変えると、途端に不良が流出しなくなります。
「見ていない」
「ビス浮き」は行為保証の説明でも説明していますが、ビスの着座を見なければならないときにビスを取り損ねて、次の作業に目線が移ってしまい10回に1〜2回程度「見ていない」が発生する事例を紹介しています。見なければいけないところを「見ていない」ことを言います。この「見ていない」は、要素作業(取る、置く、見るなどの単純作業)の不十分さとして不良につながります。ビス締め作業であれば、ビス抜けではなく、ビス浮きが発生します。
「見られない」
単位作業が守られていないと発生する作業抜けによる不良です。単位作業とは、1つの機能を達成するまでの作業です。例えば、出かけるときは必ず「財布・家のカギ・携帯電話」の順番で持ち物を確認している場合に「財布・家のカギ…」この途中で、奥さんに「今日は雨が降るから、傘を持って行って」と言われ傘を取りにいくと、携帯電話を忘れやすいでしょう。普段、半ば無意識にやっている一連の動作を中断されると、どこまでやったかわからなくなってしまうのです。
作業現場では、段取り作業など、ある作業の区切りからある作業の区切りまで、途中中断したり、順番を変えたりすると、作業自体をすっぽり抜かしてしまう失敗をすることがあります。1つの機能を達成するまでの作業で、途中中断する、あるいは順番を変えることができない要素作業の集まりを単位作業と言います。よく混同されがちですが、手順とは違います。単位作業は、途中中断すれば、作業を抜かす可能性が高くなります。中断されたときは、初めからやり直さなければなりません。
また、作業の順番は変えられません。どこまで作業が終わったかわかるようになど、何らかの理由で「左からの右へ」「上から下へ」などの毎回決まった順番があるのです。単位作業を中断すると「見ようにも見られない作業の抜け」が発生し、欠損やし忘れの不良につながります。ビス締めであれば、ビス浮きではなく、ビス抜けや本締め忘れでのビスの浮きです。
介護現場であった事故の事例です。あるケアワーカーが利用者の送迎時、介護用リフトがついた車に、車椅子に座った利用者を乗せようとリフトに車いすを乗せて、4つある固定用のフックを車椅子に取り付けていた時に、携帯電話がなりました。重要な業務連絡でその場でメモを取りました。その後、リフトを上げて車に乗せ、駐車場から道路に出ようと左折した時です。「ガタン!」と利用者が座っている車椅子ごと車内で転倒してしまったのです。このように、単位作業が出来なかった(4つある固定用のフックを車椅子に付ける順番を変えたりや途中中断をする)場合には、作業抜け(欠損やし忘れ)が発生するのです。
ここで整理すべきことは「作業抜け」と「仕事(工程)抜け」の違いです。作業は基本的に「やりじまい」を行うことが前提ですが、作業には区切りとなる仕事(工程)があります。仕事(工程)は設計がなされ正しい順番に加工・組立てされなければなりません。これはサービス業においても考え方は同じです。仕事(工程)抜けをなくすには、手順通りに正しい順番で加工・組立てをして、どこまで仕事(工程)が終わっているのか、途中中断マークなどを置き、目印を必ずつけて置くことが絶対に必要です。
しかし、作業抜けは1つの仕事(工程)のなかにある単位作業の失敗(順序を変える、途中中断する)で発生します。作業抜けをなくすには、順序を変えずに、途中中断せず、最後までやりきることが絶対です。もし順序を変えたり、途中中断した場合は、作業を始めからやり直さなければなりません。
細かく手順が決められている現場であれば、作業の順番を変えずに出来る場合もありますが、単位作業の順序には、その順序でなければならない理由があったりしますので、手順で決められている順番にはそこまでの理由が含まれているかは曖昧です。例えば効率の善し悪しでその順番が簡単に変えられてしまいます。また、繰り返し同じ習慣で行わなければならないことや、作業の途中中断をしないことも、手順決めて守らせるだけでは曖昧で不充分です。
手順を守っても仕事(工程)の順番が守られるだけで、工程抜けをなくすことは出来ますが、単位作業の失敗(作業順序を変えたり、途中中断して発生する作業抜け)はなくせないのです。この作業抜けと仕事(工程)抜けの違いを正しく理解しなければ、手順が大事だという既成概念につかまり、単位作業の重要性を理解しにくくなります。
ここで見えてくるのが「ヒューマンエラー・ポカミスの正体」です。
例えば、遥か上空でエンジントラブルに見舞われた航空機内など、極限状態で発生するミスの結果として、ヒューマンエラーは考察されています。一般的なヒューマンエラーなどとは違い、皆さんが狭義の意味で使われている「ヒューマンエラー・ポカミス」は、安全性や利便性を考えられ、8時間労働という疲労限界も考慮された現場で発生するもので、これらの再発する製造(サービス)の不具合・不良に対して原因として捉えています。
不安全行動であるこれらの「見えない」「見ていない」「見られない」の3つを制御するルール・基準が「製造技術標準」であり、みなさんの現場で不良や不具合の発生原因として使われている狭義の意味でのヒューマンエラー・ポカミス(うっかりミスや、思い込みミスなど)の失敗をなくすことができます。ヒューマンエラーは結果です。原因ではありません。原因は「見えない」「見ていない」「見られない」のどれかです。