2014年10月21日

原発問題の本質議論

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原発が存在していない状況が一番望ましいとは思うが、現存する現実を踏まえて。

現在、決してリスクが低くなっているとは思えない。原発を安全に停止する技術は、原発が安全に制御できて初めて確立されるモノであり、その技術は、逆に低くなりつつある。それは、一般的な日本企業と同じリスクを抱えているように思う。

人がいなくなることで暗黙知が無くなっていくという、産業界のリスクそのもの。将来性のない産業に人は興味を持たず、大事な技術者が育たない。気高い理想を持って夢のない技術に挑む若者が育つだろうか?

原発廃止を大声で言っている人は、誰が安全に原発を廃止すると思っているのか?それは、ロボットでも機械でもなく、人です。確立された技術を開発するために人が必要で、それを実行するのも現場技術者です。福島第一原子力発電所の致命傷は、電源を失ったことです。現在、緊急用電源として一定の対応をする、誠実な産業界の受注に現れてもいます。

観点を変えると、最近プラント事故が多くあるように感じます。その真相には技術の伝承問題が潜んでいます。現場技術の伝承ができないから、大きな事故に繋がるケースが少なからずあります。現場作業者の退職で失う、ノウハウ・暗黙知です。現状の原発が取り返しのつかない状況に追い込まれているように感じます。逃げてはいけない状況になっている日本の電力環境の中で、賢い選択でしょうか?私は、現場を知る技術者として大きな懸念を持っています。

原発に対して微妙な発言は控えるべきか悩みますが、現場の劣化は、安全に廃炉できる技術開発を遅らせ、現場の運営する技術も陳腐化する状況は、確実に膨らんでいると判断します。「行為保証」は、暗黙知から形式知へ、こんなところでも使えるモノではありますが、世論が怖く言いだす勇気も必要です。

私は、現場技術陳腐化を防ぐためにも、現場は再稼働する必要があるように思います。現存するだけでリスクの原発、稼働することでリスクは増えるでしょうか?福一は、停止していれば防げたのでしょうか?停止時では、マンパワーが不足で現状の対応すらできなかったかもしれません。電力会社の疲弊により、開発力も資金力もなくなり開発できない状況になり、税金をつぎ込んでもマンパワー不足が発生します。年間3.5兆円ともいえるLNGや原油の輸入は、確実に海外へ日本の財産が流出し、貧乏な国になるストーリーを、もっと我々国民が直視することである。開発費を掛けれない状況の中、人件費を削減する電力会社は糾弾されるべきですが、国のシステムに対して、世論がこれで良いのかもっと多くの意見が出るべきで、世論の形成が正しくないと大声で叫ぶ新聞社がいてもいいように思います。マスコミの報道にも、嫌気が指すようにも思います。

国会で議論すべき事をしない政治家をもっと批判糾弾すべきです。国は大上段に構えたエネルギー政策をすべきであり、自然エネルギー発電の買い上げ価格の問題を論議していますが、本質議論できない状況で、企業側が防衛策として打ち出した小手先の施策に思えます。電力会社は、言いたいことを言えない環境にどんどん追い込まれており、本質を議論する機会を国民は失いかけている。

とある電力関係者に聞いた話ですが、琵琶湖一面に太陽光発電を敷き詰めると、原発何基分になると思いますかと問われたことがあります。答えは、一基分に満たないそうです。しかし、そんな事を言えばたたかれるだけですしと嘆いていた事を聞きました。この論議、正しいと断言するには個人としては難しいと感じますが、少なくとも本質論議はできていないように思います。ただ、現状では多くのリスクが増大していると私は思っています。そんなところで、技術の維持伝承、業務精度の向上で、事故防止に「行為保証」が役に立てば、幸いに思います。

posted by 遠藤メソッド「行為保証2.0」公式ブログ at 00:00| 品質管理